何故か紗綾って、ライバルなのに背中を押してあげたくなるのよね by夏音
著者:高良あくあ


*悠真サイド*

 講演会場に着くと、そこには既に大勢の人間がいた。俺達を除く殆どが大人。そりゃそうか。
 海里が受付の方に歩いて行っていくつか会話をし、戻ってくる。

「ええと、一階の奥の方に科学者さん達の控え室があるから一度全員に挨拶をしてきて、その後はロビー辺りで待機。講演会が始まったら、会場の入り口辺りにいてくれれば良いって」

「明らかに頼りにされていないな、俺達。まぁ、その方が助かるか。……っつーか、一階の奥って言われてもなぁ」

 ぼやく。恐らく奥に繋がっているだろうと思われる道だけでも結構あるぞ? 周りに会場の地図らしきものは見当たらないし。

「何番って言われたのよ?」

 不意に、部長がそんなことを口にする。海里が首を傾げる。

「はい?」

「だから、控え室よ。何番って言われたの?」

「え、えっと……一番から五番って」

「講演する科学者も五人らしいから数的には合っているわね。ある意味予想通り。それじゃこっち。ついてきなさい」

 そう言って歩き始める部長。紗綾が慌てたように訊ねる。

「あ、あの、部長さん、分かるんですか? その、道とか……」

「当たり前でしょ。ここ、学生の科学コンクールとか、そういうのの会場としても使われるの。何気に私、昔は常連だったのよ? 控え室くらいなら、目を瞑っていても行けるわ」

 ……そういえば忘れがちだが、その分野では世界でも注目されているんだったな、この人。その才能を悪用しないかどうか、俺としては物凄く心配だ。

 部長の案内で、講演する科学者達に挨拶をする。ちなみに五人中四人は、どこかで見たことがある気がするなぁ……程度にしか思わなかった。まぁ、部長は四人全員と親しげに話していたが。どうも面識があったらしい。流石、その道で天才と呼ばれるだけのことはある。


 五つ目の控え室……そのドアに書かれていた名前を見て、部長が驚いたような表情を浮かべる。俺達の位置からは、名前は部長に隠れていて見えない。

「部長? どうかしたんですか?」

 部長はそう訊ねた俺を華麗にスルー。笑顔でドアをノックし、『どうぞ』という声を聞いて開ける。……女性の声だな。
 部屋に入ってみると、やはりそこにいたのは女性だった。それも、物凄く美人である。

 ……待て、この人ってまさか。

 女性は部長を見て笑みを浮かべる。

「あら? 貴方、もしかして躑躅森さんかしら?」

「ええ、躑躅森夏音です。岩崎さんですよね? ずっと会いたいと思っていたんです、初めまして」

 へぇ、部長、この人とは初対面なのか、礼儀正しい辺りが、普段を知っている俺達からすると怖い。……って、そんなことより。

「あ、あの……岩崎さんって、もしかして岩崎理恵(いわさき りえ)さんですか?」

 俺と同じ疑問を抱いたらしい紗綾の問い。女性は首肯する。

「そうよ。岩崎理恵です。貴方達は?」

 その質問で我に返り、自己紹介と挨拶を済ませる。全員が言い終えると、岩崎さんは再び部長に視線を向ける。

「ねぇ躑躅森さん。講演が始まるまで、まだ時間があるわ。少し話でもしないかしら?」

「良いんですか!?」

「もちろん。で、どう?」

「喜んで! 私も岩崎さんに訊きたいこと、沢山あるんです!」

 俺達から見れば恐ろしいほどに弾んだ声で答える部長。

「じゃ、じゃあ部長、俺達は外に行っていますね」

「さっさと行きなさい!」

「酷ぇ!」

 叫びつつ、紗綾・海里と共に部屋を出る。
 ……部屋にいてもどうせ、科学とかの専門用語が飛び交っていて、さっぱり分からないだろうしな。



*紗綾サイド*

 結局、部長さんは講演が始まる直前まで岩崎さんと話をしていたらしい。戻ってきた時に少し深刻そうな顔つきをしていたのが気になったけど……私が訊くことでもないと思うし。

 講演会は特に何事も無く、順調に過ぎて行った。……正直、少し退屈だったくらい。講演の内容を理解出来ていたのなんて、私達の中でも部長さんくらい……いや、もしかしたら灰谷君もだろうか。

 午前中に講演を行ったのは、五人中三人。もう一人と岩崎さんは午後で、岩崎さんは今回の講演でも『目玉』と言うか『大トリ』と言うかそんな立場にいるらしく、講演は一番最後に行うらしい。

 ……で、お昼なんだけど……

「紗綾はともかく、部長の作った弁当って、物凄く心配ですね」

「大丈夫、致死性の高いものは入れていないわ!」

「低いものは入れたんですか!?」

「さぁて、どこで食べようかしらー?」

「話を逸らすなぁぁぁっっっ!」

 ……まぁ、今の悠真君と部長さんの会話で、少しは想像がつくかもしれないけれど。

 昨日だったか、一昨日だったか。今日のお昼をどうするかという話になったとき、部長さんが『じゃあ私と紗綾が作るわよ』なんてことを言ってしまったのだ。朝、待ち合わせ場所に部長さんと二人で行ったのだって、私の家で一緒にお弁当を作っていたからだし。

 別に料理は嫌いじゃないし、苦手でもない……と思う。

 問題は……

「あ、ちなみにおかずは私、主食とかデザートは紗綾が作ったから」

「分かりました、じゃあ俺は主食とデザートだけ食べます」

「まぁ、同じ場所で作ったわけだし、私が紗綾の料理に何もしていないとは限らないけど」

「はいはい、良いからさっさと食べますよ。悠真、いくら部長さんでも、人の作ったものにまで細工したりはしないと思うよ」

 灰谷君の声で悠真君と部長さんは口論(?)を止め、灰谷君から箸とお皿を受け取る。ちなみにここは会場のすぐ外で、芝生の上にマットを敷いてある。

 とりあえず自分が作った、サンドイッチやおにぎりといった主食、そしてデザートを取り出し、マットの上に置く。部長さんが作ったものも同様に取り出し、自分が作ったものを先に開ける。

「えと、その……そんなに上手じゃありませんけど……」

「いや、十分上手だと思うけどな」

 悠真君の言葉。ちょっと……ううん、凄く嬉しい。けど……問題は、隣に部長さんが作った料理が並べられていること、かなぁ。

 その部長さんの料理を見て、灰谷君が呟く。

「あれ? 意外と普通ですね。と言うか、普通以上……?」

「意外って何よ、意外って」

「まぁ、とりあえず食べてみないことには分かりませんよね。海里、よろしく」

「僕、毒見役!?」

 文句を言いつつ卵焼きを取り、口に運ぶ灰谷君。咀嚼しているうちに、彼の表情が変わる。

「とりあえず、毒が無いことは分かった」

 悠真君がそう言って同じく卵焼きを取り、食べて、驚いたように呟く。

「…………美味い」

「まったく、だから言ったでしょ? 私は砂糖多めに入れちゃったりすることがよくあるんだけど、大丈夫だったみたいね。ほら、紗綾も食べたら?」

「あ、はい」

 しばらく料理の話なんかをしながら食事を始める。うぅ、部長さん、料理も美味いなんて卑怯ですよ……。私が作ったおにぎりやサンドイッチなんかはそれほど技術にも左右されないだろうけど、おかずが上手だと『料理が上手い』って感じがするからずるい。

「〜っ辛ぁっ!?」

 しばらくして、悠真君が唐突に声を上げる。

「ど、どうしたんですか、悠真君?」

 訊ねると、悠真君は呻きながら部長さんを睨み、若干かすれた声で問う。

「部長、ハンバーグに何か入れましたよね……」

「あら、タバスコぐらいしか入れていないわよ」

「…………。……紗綾、それ取ってくれ……」

 悠真君が、私の作ったデザートの入った入れ物を指差す。

「え?」

「何か甘いものが食いたい」

「は、はい……」

 入れ物を引き寄せ、中から……とりあえず割と作るのに手間をかけたもの(サツマイモを蜂蜜とレモンで似たもの)を取り出し、悠真君のお皿に乗せる。それを食べてようやく一息つく悠真君。

「助かった……」

「大丈夫よ悠真、タバスコはそれにしか入っていないと思うから」

「つまり俺はまんまと外れに引っ掛かったわけですか……」

「ハバネロとか、もっと辛いものじゃなかっただけマシだと思いなさい」

「そうですね、部長にしては割と優しい方ですね……あ、紗綾」

「な、何ですか?」

 訊ね返すと、悠真君は笑顔で笑う。

「紗綾も上手いじゃん、料理。……だから今のやつ、もう一つくれ」

「あ……………………はいっ!」

 午前中は、ちょっと退屈かな、なんて思ってしまったけれど。

 ……我ながら、単純だなぁ。



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